踏み込めば権限がついてくる

プロジェクト・マネジャーの大事な役割は、メンバーを成長させることです。いっぽうでPM の役割に就くことは、自分自身にとっても大きく成長するための絶好のチャンスです。ところが、その大チャンスを自ら狭め、縮小してしまうケースがいかに多いことでしょうか。プロジェクトを通じて自分がどう成長できるかは、プロジェクトに取り組む自分自身の姿勢次第であるという点を、ここで説明したいと思います。

プロジェクトは、一般的に何らかの契約の下で実行されます。そこでは組織や企業の間(多くはお客様やスポンサーと受注者の間)の役割分担、取り組むスコープあるいはSOW(ステートメント・オブ・ワーク)を明確にしなければいけません。プロジェクト・マネジャーは、契約作成に参加すべきですし、少なくともその内容を熟知する必要があります。しかし注意しなければならないことは、まずはその出発点のところで自ら責任を狭めるような行動をとりがちな点です。例えば、作業項目をできるだけ多く相手の責任分担にすることで、何かが起きても責任や損害から逃れられると考える人たちもいます。果たして妥当なことでしょうか?

そもそも責任分担のしかたは、個々の作業をどちらがやるのが適しているかによって決めるべきものです。役割分担はプロジェクトを確実に成功させるための重要な手段です。例えばモデリングを行う能力が自分側にしかない場合に、お客様に要件のモデル作成を押し付けるのは不適切です。責任逃れのために、相手がそれを確実には行えないかもしれないと知りつつ相手の分担として押し付けるようなことをもしすれば、出発点からのボタンの掛け違いです。それによって起こるプロジェクトの失敗は、双方に対して最大の損害を引き起こします。すべての計画は、プロジェクトを「必ず成功させる」という視点で作ることが肝要です。相手に責任を渡す場合は、相手が確実にその作業項目を遂行できることを確認すべきです。

さて、スポンサー側にはプロジェクトを行う理由や背景があります。それは企業の戦略や中・長期ビジョンであったり、上位のプログラムであったりします。中・長期的な大ゴール実現へ向け、段階的な目標を定めながら達成していく方策は、組織でも個人でも有効です。そのようなプロジェクトの位置づけと上位のゴールについてプロジェクト・マネジャーが熟知することは、プロジェクト成功に大いに役立ちます。お客様に接するプロフェッショナルのすべてに共通のことですが、相手の立場に十分に踏み込むことが大事なのです。

例えば、セールス向けのスマートフォン導入プロジェクトがあり、目標は販売訪問件数の3 割増でした。ところがいくら工夫しても1 割しか増やせないことが早い段階で判明しました。目標の達成が不可能なので中止すべきでしょうか。いいえ、めざすゴールは販売強化なのです。セールスのヒット率を上げる工夫によって、別の目標設定が可能な点をプロジェクト・マネジャーがスポンサーに提案し、仕事は続行されました。ゴールを熟知しているから解決策や積極的な提案ができ、採用されるのです。プロジェクトが成り立つ基礎には戦略や価値観、別の言葉でいうなら設計思想が存在します。プロジェクト・マネジャーはよく踏み込んでそれを知ることが大切です。もちろんメンバーともそれを共有するのです。お客様はそのような姿勢には特に敏感であり、どこまで相手のためを考えるかによって権限の大小が決まる場合がほとんどです。

このようにいうと、プロジェクトのスコープを超えてがんばることを勧めるように見えるかもしれませんが、そういうことではありません。プロジェクトのスコープや契約条件を明確にすることは大事な知恵ですが、併せてプロジェクトに対する使命感や責任感を強く持つなら、相手の立場やプロジェクトの背景に踏み込むことは、誰にもごく自然なことなのです。リーダーがメンバーにどう働きかけるかについても同様の法則があります。行動を指示するだけで、メンバーが適切に動くかといえばそうではありません。人は自分の気持ちや意志に基づいて行動します。プロジェクト計画の背景やねらいをメンバーに知らせることや、そのプロジェクトを通じて各メンバーがどう成長するかを共通の価値観として共有することが極めて大切です。そうすればメンバーにやる気と責任感が生まれます。信頼できるメンバーには権限が与えられます。メンバーを成長させるのはプロジェクト・マネジャーの義務と心得ましょう。それが自分の権限をいっそう強くしてくれます。

もし「責任範囲を極力限り、その中で全力を尽くす」というスタイルになっていると気づいたら、そこから抜け出る努力をしましょう。自分で可能なことであれば、相手のために積極的に責任をもって行動しましょう。それを習慣にすることが大事です。責任にこそ権限がついてくるからです。プロジェクトマネジメントという絶好のチャンスを最大限に生かし、自分自身を大きく成長させましょう。